Column 熊さんのコラム
2003年01月22日(水)

熊谷弘・訪米報告レポート【2】

円安政策

熊谷議員との議論の席で、「現在の日本経済には円安が必要だ」と率直に認める米政府要人や経済学者は意外に多かった。 

しかし、経済学のロジックを使って「円安政策が必要だ」と結論することと、現実の日米外交関係の中で「円安政策を実現する」ことには大きな違いがある。 

前者の結論は、大学でマクロ経済学の入門コースを終えた学生ならば、誰にでも出せる結論である。 経済の総需要と総供給を均衡させる為、ポジティブなGDPギャップ(インフレ・ギャップ)がある経済は強い通貨を必要とし、ネガティブなGDPギャップ(デフレ・ギャップ)がある経済は弱い通貨を必要としているからである。

しかし、現実の日米経済関係は、なかなかマクロ経済学の教科書に書いてあるようには進まない。 アメリカは世界唯一の超大国であり、覇権主義国家である。 一方の日本は、自主防衛能力を欠き、資源も市場も外国に依存しなければならぬ「脆弱な経済大国」である。

この二国間には、最初から通貨政策の交渉能力に格段の差がある。 アメリカ政府はいつでも好きな時に、自分の都合によって自国通貨を勝手に切り下げる自由を行使できるが、日本政府は常にアメリカの顔色を窺い、アメリカの国内政治事情を考慮しながら円安政策を実現しなければならない。 

覇権国と非覇権国との力関係とは、この様に根本的に不平等かつアンフェアーなものである。 それが三千年前から国際関係の現実である。 だから日本政府が超大国アメリカを相手として円安政策を実現する場合、我々日本人はタクトフル(気配りが巧妙)に行動しなければならない。

FRBのバーナンケ理事(前プリンストン大教授)は、金融政策の理論家として国際的に著名な経済学者である。 

彼はいずれ、ノーベル経済学賞を受賞するであろうと予測する者も多い。 FRBのメンバーとしてはまだ新しい理事であるが、すでに国内の金融政策や通貨政策の討議に際して、大きな影響力を行使している。 

熊谷議員が彼と日米の金融政策について協議した時、バーナンケ理事は「日本経済の現状からして、日本の通貨が安くなるのは当然のことだと思う。 しかし日本政府が円安レートをターゲットとして、ダイレクトに為替市場に介入するのは望ましくない」と述べた。

バーナンケ博士によれば、日銀がもっと多様な資産(社債、銀行ローン、コマーシャル・ペーパー等)を対象とした大胆で大規模な買い切りオペを実行すれば、日本国内の金融機関はカネ余りの状態になり、その結果、これら金融機関はごく自然に外債の大量購入を始める筈であるという。 

その場合、「日本国内での大規模な金融緩和策の結果として自然に円安になるのだから、我々アメリカ人は、それに対して文句を言う立場にない」と彼は説明する。

  
ホワイトハウス大統領経済諮問委のクロズナー博士(前シカゴ大教授・金融政策専門家)も、「日本政府が、特定の為替レートをターゲットとして市場に介入するような行為は慎んでいただきたい。 為替レートは、諸国間の自然な資本の流れによって決定されるべきだからだ。 しかし、日銀が国内でもっと効果的な金融緩和策を実行する結果、日本の民間銀行や保険会社が大量の米国金融資産を購入し始め、その結果として円安になるとしたら、“市場重視”の立場をとる我々としては国際資本市場の決定する為替レートに反対するつもりはない」と語る。

共和党の経済政策アドバイザーとして多忙なケビン・ハセット博士(前FRB上級エコノミスト、元コロンビア大学経済学教授)は、「日本政府は米国人に、『日本政府が為替レートをマニピュレート(人為的に操作)している』という印象を与えてはいけない。 円安は、日本の民間金融機関の主導によって実現されるべきだ」と熊谷議員にアドバイスした。
  
ゴールドマン・サックス社首席エコノミストのダドリー博士(前FRBエコノミスト)も、「日本はアメリカと政治的なトラブルに巻き込まれてはいけない。 日本政府高官や政治家が、『日本は円安を望んでいる』などとあからさまに言うのは間違いだ。 為替レートの変更はあくまでも、日米間の自然な民間資本の流れの結果として、いつの間にか円安になってしまった、という形で実現されるべきだ」と忠告する。

共和党系の経済学者の多くが、「日米間の民間資本の流れが円安の方向に動くなら、我々はその結果を黙認しよう」という親日的な態度をとるのに反し、民主党系の経済学者の多くは、円安政策に対して露骨に反撥する。 

彼らはたとえ国際資本市場の自然な動きの結果として円安になっても、その結果を認めたくないのである。 彼等の態度は、きわめてマーカンティリスト(重商主義者)的であり覇権主義的である。

例えば熊谷議員と通貨問題について話し合った民主党員のキャサリン・マン博士(元FRB国際局エコノミスト、クリントン政権のホワイトハウス・エコノミスト、現在は国際経済研究所に所属)は、最近の日本経済に大きなネガティブGDPギャップがあるにもかかわらず、「アメリカは円安を認めない」と言い張る。

マン博士は、1980年代後半、米政府が激しい円高攻勢をかけてきた時、FRBのテッド・トルーマン国際局長の特別補佐官として仕事をしていた人物である。 

民主党員のトルーマン局長は当時、円を毎年連続10%ずつドルに対して切り上げさせ、日本の対米輸出能力を厳しく抑制することを主張していた。 また、マン博士が後に勤務したクリントン政権は、バブル崩壊後に衰弱していた日本経済に対して国際通商法違反の管理貿易を押し付けようと試み、1ドル=80円レベルまで過酷な円高攻勢をかけてきて日本のデフレを故意に悪化させた政権である。

一般的に米民主党系の経済学者や言論人には日本に対して猜疑心や侮蔑感の強い人物が多く、これら民主党員が、日本のデフレ克服にとって必要な円安政策に賛成するとは考え難い。 

民主党系のシンクタンクであるブルッキングス研究所や国際経済研究所も、円安政策に反対である。(国際経済研究所のフレッド・バーグステン所長はすでに、円高・ドル安政策の必要性を提唱している。) 

また、米マスコミ人の90%は民主党支持者であるから、米マスコミの大部分も円安を非難するトーンの報道をするであろう。 それがアメリカ政治の現実である。 だから、バーナンケ、クロズナー、ハセット、ダドリー、諸博士のアドバイスする様に、日本の円安政策は民間主導の形で、「資本の自然な流れの結果」として実現されるべきなのである。 

間違っても、財務大臣や財務省官僚が「日本政府は円安を望む」などと口走ってはいけない。 そのような言動は、円安を実現するためにはむしろカウンター・プロダクティブである。 

我々が円安を現実化するプロセスは、民間の金融機関が「日本政府の意向とは無関係に資本を動かした結果」、実現するものである。

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