2006年07月07日(金)
日記7/7
7/7
七夕だが、ともかく鬱陶しい。この湿度の高いのはなんとも苦手である。
このジメジメ感は人間関係のつくり方にも影響を与えるようだ。
黒澤映画にこのベタベタ、ジメジメに苛立つ男の姿が描かれていて共感したものだが・・・。
文春がイヤイヤ出版したというのに、先頃突然に売れ出して大ヒットになった関岡英之の「拒否できない日本」を読んだらこんな一節がでてきた。
「 イラク戦争をきっかけに急に流行するようになった“ネオコン”という言葉と人脈を最も早く日本に紹介したのも副島隆彦氏である。特に“世界覆権国アメリカを動かす政治家と知識人たち”(講談社)は現代アメリカのあらゆる政治、社会思潮を網羅しており、アメリカについて知ろうとする人間には欠かすことのできない必読の文献である。」
オー関岡サン アンタ出来るね、と言いたいところだ。
副島サン、世の中にはよくみている人がいるじゃありませんか、ン。てな気分で昨日事務所の近くの本屋をのぞいたら「昭和史からの警告」(船井幸雄、副島隆彦)という本が並んでいるではないか。早速購入して読んでいたらビックリすることが書かれている。
「2005年の10月25日と26日に、そこの所長のクリストファー・デムズ以下、日本側からは、安倍普三、民主党の前原誠司、外務省の鶴岡公二、防衛庁の山口昇、それから元ワシントン公使の阿川尚之と、今のアメリカから大事に育成されている者たちが国会議事堂の裏のホテルのキャピトル東急に集まっています。ジャパンハンドラーズと日本側のカウンター・パートの一大結集でした。小泉内閣の組閣がそのあとすぐの10月31日でしたから、日付からいって、そこで重大なことが話し合われたのは明らかです。」
「いまの安倍普三官房長官が戦争準備内閣をつくる、という話までは分かりました。また、アメリカがそうしようと思えば、簡単に出来るでしょう。そのときの政府には、例のキャピトル東急に集まったメンバーたちも入っているはずなんですね。前原さんも民主党を離れて防衛相あたりで入閣しているかもしれませんね。」
この記事を見て正直アッと驚いた。これを裏打ちする話が何人かの人から電話が最近入ってきていたからである。それも前原は年内に行動を起こす。例の松井事件はその一貫として前原がリークしたのだと。